悠々闊歩

はるかな道を悠々と、闊歩していきます

特別な場所の枯れ葉

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お友達と、普段行かない公園に行ってきました。

その公園の背景にはちょっとした山があって、一部分草が剥げており、子どもたちにとっては絶好のチャレンジコースになっていました。登るにもずるずると滑り、下るにも急坂で勇気が要ります。竹の根っこをつかんだり、そっとバランスをとったりしながら、子どもたちはキャアキャアと楽しそうでした。ホントは親もやりたい・・・。

娘も、友達のお兄さんと一緒に ずいぶん上のほうまで行っては 歓声を上げて滑り降りる、というのを何度も繰り返していました。

何度目かで降りてきたとき、そのおにいちゃんが「○○とオレっちしか知らない世界へ行ってきた!」と生き生きと、誇らしげにいいました。娘は木の葉をひとつかみ、「これ入れといて!」と言い残して、またお兄ちゃんと登っていきました。

それで思い出したことがありました。私自身、「今しか見られない景色」とか「努力してやっと見られる景色」を意識する子どもでした。例えば修学旅行で泊まった旅館の部屋を、「この部屋って人生二度と、二度と入らないんだなあ」なんて眺める、とかね。旅行で行った先のつり橋の真ん中から、川を眺める、とかね。もっと大きくなってからは、ロープを張って川を渡渉しながら、その流れの先を眺めたり、山のてっぺんで出合った一本の木が忘れられなかったり。

それが、別にたいした風景じゃなくても、それは構わないわけです。ごくフツーの眺めでも、時にははっと驚くほどキラキラと輝いて見えることを、経験的に知っています。

きっとお兄ちゃんと娘にも、そんな風景が見えたんだろうな。

おやつを食べて、ブランコをして、そろそろ帰ろうか、という夕方になりました。

娘が急に「おかあさんも連れて行ってあげようか」と もう一度登りたがりました。

もう帰り支度をしていたのですが、何度も言い張るし、友達が下の娘をみてくれたので、一緒に登りました。「次はここを持って!」なんて指導までしてくれて、ずるずると登っていきました。

傾斜がゆるんで、「ここ」と示されたところは、やっぱり何の変哲もない木の根元でした。でもお日さまが輝いて、きれいでした。

「もっと登る?」と訊かれて、「いや、待ってるから降りようか」といってしまったのですが、

娘は枯れ葉を一枚拾って「はい」と渡してくれました。

大切にしようと思っています。(はは)