悠々闊歩

はるかな道を悠々と、闊歩していきます

子どもをプラスチックにしてはならない

生きているということ 

(*『新しいおとな』石井桃子著 より)

 最近、私は、ちょっと目の覚めるような経験をした。

 家を改築して引っ越しをしたのだが、荷物をあげおろしするのに、運送屋さんは決して物をあたりにぶっつけない。それが素人となると周囲のものと衝突させ、たちまち、新しい柱の角に鋭いへこみをつけた。

 現場をまわっていた大工さんが、いちはやくそれを見つけて、自分のタオルを裂こうとしているのに、私は気づいた。どうするのかというと、傷の手当てをするのだという。代わりに家のタオルを切って渡すと、大工さんはそれに水を含ませ、へこみに当てがい、その上を何重ものセロテープでとめた。

 それから毎日、私はその傷口をのぞいては、少しずつ水を注ぎ、またふさいでおいた。傷口はもりあがり、一週間後には、角のへこみの鋭い線は、ほとんど消えるまでになった。

 ところがまもなく、同じ失敗をやってのけた。・・・・額のふちが、大きくぽこんとへこんだ。

 私がすぐに、そこにぬれた物をあてるのを見ていた友人が、なにをするのだと聞いた。私は柱の傷の事件を話した。すると彼女は「木って生きてるんですね!」と、感動した面持ちでいった。私の感じていたのも、まったくおなじことだった。額は二日でもとどおりになった。

 生きているものは反応する。生きているものは再び動き出す。これがプラスチックや新建材だったらどうだろう。この頃、とても子供が無感動になったようで不安だった私は、この木の柱の教訓からふしぎなくらい大きな慰めを得た。子供をプラスチックにしてはならない、と、私は日に何度も心にくり返す。

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