悠々闊歩

はるかな道を悠々と、闊歩していきます

ラブリーと、奇跡の一日

記憶に残る曲、というのは誰にでもあるだろう。

ラジオや街角で、イントロが流れ始めたとたん、すっと意識がとんで心ここにあらず、になる、というような。

20年以上前のオザケンの楽曲が、私には懐かしい。

むかしばなし。

Aさんは2歳ほど年上の先輩クライマーで、海外の岩場での経験も若いころからあった。

彼を含む数人のグループで行動を共にして、フランスの片田舎の岩場を転々としていたころのこと。

みんなお金がないから、車やアパートをシェアして、ゴロ寝の共同生活である。

日本から持ってきたカセットテープを繰り返し繰り返し聴くのが、娯楽だった。

ある日、めずらしくAさんと私は二人で岩場に向かった。休養日を挟む都合と、行きたい岩場の関係でそうなったんだっけか。

カーステレオでガンガンにオザケンをかけて、エアコンはもったいないから窓全開で走る。

Aさんは音楽が好きだがチョイ音程に自信がなかったようで、あまり人前では歌わなかった。でもこの日は遠慮なく、私も容赦なく、いやもうちょっと上、これぐらいと音を出しながら、大笑いしながら、オザケンのLOVELYをハモった。

それで LIFE IS COMIN' BACK 僕らを待つ

OH BABY LOVELY LOVELY こんなすてきなデイズ

いつか誰かと完全な恋におちる

OH BABY LOVELY LOVELY 甘くすてきなデイズ

Aさんはこの日、数週間トライし続けていたルートを完成するつもりで 緊張気味だった。成功すれば、ある意味で日本人として快挙だった。

岩場の気温、日の当たる向き、その他条件の最適な時間帯を狙っていき、

その日の夕方、彼は見事に完登した。

私のビレイ(安全確保)で成功してくれて、その場に立ち会えて、嬉しかった。居合わせたクライマーたちに、いろんな国の言葉で称賛される彼が、仲間として誇らしかった。自分自身の成功談ではないが、輝かしい記憶だ。

Aさんとはその後、事情があって疎遠になってしまい、数回しか顔を合わせていない。

私は彼のストイックにクライミングに向かう姿勢や、登るスタイルが好きで、尊敬できる面がたくさんあったので、残念に思う。そしてある意味では、クライミングセンスはずいぶん劣ったけれど、彼も私を認めてくれていた面もあったと思う。

若気のいたりで、関係性を崩してしまった。

あの日は奇跡のような一日だったな、と今では感じる。そういう一日一日を積み重ねて、糧として、今の自分があるなあと思う。

※もう一つ、記憶のクライミング箱のひとつ→→蜘蛛の糸